2010年11月13日

色々見たい映画があったので見てきた

仕事の合間に行ってきました。
自転車で行ける距離に映画館あるっていいですねー。
海外みたいに値段安かったら通うんですけど。

・牙狼<GARO>〜RED REQUIEM〜 
3D映画見たのは初めてなんですが結構すごかったです。特に魔戒文字の浮き出しとザルバの立体感がよかったですね。
内容はこれぞガロですね、もう求めていたものそのままでまったくブレがない。
小難しい話とか重厚な人間ドラマとか見たいわけじゃないですから。
ひたすらスタイリッシュでカッコいいアクションシーンに、所々に流れるガロ不変のテーマ。
ストーリー自体はTV版の焼き直しのようなものですが別にドキドキするストーリーを求めているわけではないのでこれでいいんです。
これぞエンターティメント。客が求めてるものをわかっています、ブレがない。
やっぱり特撮のクォリティは高いけど、TV版でもすでにすごかったのでそこまでの驚きはないかもしれません。

・マルドゥック・スクランブル/圧縮
確かだいぶ前にアニメ版の話出たけどポシャって、ようやく映像化したマルドゥック。
出来はもう……スバラシイの一言でした。
少し時間が短くて急いでいる感じはありますけど、説明不足ということもなく原作未読でも十分楽しめる作りだと思います。
何より映像が圧倒的で、冒頭だけであの世界観が視覚としてしっかり伝わってくるのに感激。
話の流れは原作のままですが声優もキャラデザも映像も素晴らしいクォリティでとても満足です。
映像で見るとバロットはまるで変身ヒロインですね(笑)。『抱いて、タイトに』以降のアップテンポなアクションシーンはもう、ずっとスクリーンに釘つけでした。
至福の60分。
このクォリティのまま続編も作りきってほしいです。
posted by 黒井弘騎 at 20:07 | 映画

2007年09月10日

-小さき勇者たち-ガメラ

最初に言っておく!
今回の日記はかーなーりー長い!!
興味がない人は読み飛ばすが吉です。
あまりに長いので拍手の返事も次回にします。


ハリウッド版トランスフォーマーや新エヴァンゲリオンとか見たい映画たくさんあるのですが、そんな中今さらビデオレンタルで見たガメラの映画について書きます。

まず、完全に主観的な意見で総括しますが、素晴らしい!!
これは、今までにない怪獣特撮映画だと思います。
正直感動しました。
そして客観的に判断しますが、一般の怪獣映画ファンにウケが悪かったのも納得です。
これは、見る人を選ぶ映画だと思います。

「やさしい怪獣映画」
この映画を、弘騎はこう評したいです。

怪獣映画の楽しみとは何か? なぜ怪獣映画を見に行くのか?
怪獣特撮ファンとして気取らずに言いますが、弘騎は怪獣が暴れまくるさまが見たいからです。
正直、ストーリーは二の次でいいです。
主役は怪獣。
だから、まずは激しい映画を期待しています。

その観点で言えば、「小さき勇者たち」以前のガメラ三部作は大変に素晴らしかった。
平成の技術による特撮、リファインされたガメラのカッコよさ。ギャオス、レギオン、イリス、どれをとっても怪獣映画史に残る名怪獣です。
レギオンの設定やさまざまな隠し玉の飛び出す戦闘シーンは本当にスゴイし、「邪神」イリスほど妖しく美しい怪獣はいません。飛行シーンや触手の一撃で飛行機を叩き落して火の海になった京都に超然と降臨するシーンなど鳥肌が立つほどでした。
ガメラ三部作は、気持ちいいぐらい怪獣がメインの激しい怪獣映画でした。
もう「レギオン」「イリス」というキャラクターだけで一つの物語になっているようなものです。

「小さき勇者たち」はどうか?
冒頭、ガメラ3のエンディングからそのまま続く、空を埋め尽くすギャオスの群れとの戦闘シーンから物語は始まります。
このシーンは演出、カメラワーク、特撮、どれも大変素晴らしく『平成ガメラ』しています。

ガメラがその身を犠牲として(この「自己犠牲」は物語のテーマのキーにもなってきます)ギャオスを全滅させるわけですが、ここまでは三部作のノリそのままです。

その後本編が始まるわけですが、ここですごく違和感を覚えます。

日常シーンの空気が、三部作とはまるで違う。

そして「-小さき勇者たち-ガメラ」というタイトルの出し方。
とても怪獣映画のテロップとは思えません。

この時点で、弘騎はこの映画をすごいなぁ、と思いました。
三部作で絶賛された手法をすべて捨てて、新しいものを作ろうというスタッフの気概を感じました。

さて、弘騎はこの映画を「やさしい怪獣映画」と描きましたが、実際には内容はシリアスでハードです。
ただ、作品の根底に流れるテーマが、とてもやさしい愛に満ちているのです。
それは主人公とトトの間の愛でもあり、主人公親子の愛情でもあり、「ガメラ」の自己犠牲的な愛でもあります。

ここが上手くできているところで、三部作やそれ以前の原作同様、ガメラは愚直なまでに正義の怪獣なんですよね。
敵の怪獣が暴れるのに理由がないように、ガメラは正義である事に理由がない。
どれだけ傷ついても人間のために戦うし、人間を守るためにはその身を犠牲にすることさえ厭いません。

弘騎がこの作品ですごいと思ったのは、そんなガメラの伝統とも言える、「自己犠牲的な正義」を否定している事です。
自分の命を犠牲にすることも厭わないガメラを救おうとする主人公の行動、そして子供らしい無垢な優しさには感動を覚えます。

理屈っぽい大人の視点で見ると、この映画には不条理な展開がいくつもあります。
自爆しようとするガメラを救うために子供達が宝石をリレーしていくクライマックスシーンは、恐らく批判する人も多いと思いますしその意見もわかります。
ですが、弘騎はあのシーンを高く評価したい。

あれこそがこの作品のテーマ。
それも映画中で声高に叫んだり押し付けがましく強調するわけではない「無垢なやさしさ」の結晶だと思います。
あのシーンで「小さき勇者たち」というタイトルの真の意味がわかって、胸が高鳴りました。

この作品は怪獣映画なわけですから、その観点からも評価してみましょう。
今回はガメラ(トト)のデザインが一新され、とても愛らしいものになっています。
正直言いますが、弘騎はこのデザインが嫌いです。
発表当時も思いましたたが、マスコットキャラのようで怪獣としての魅力がない。
ですが映画を見て、その内容や演出方法を理解すればわかります。
このデザインでよかったのだと。

このトトのデザイン、平成ガメラファンからすれば非難の声が出るのはわかりきっていたでしょう。
ジーダスにしても、レギオンやイリスばりに派手でケレン味のあるものにすればそれだけで集客できたでしょう。
スタッフは、本当に冒険していると思います。
この映画は怪獣映画でありながら、そういう部分を捨てて作品としての完成度をとっているのです。

今回の悪役ジーダスに関して、これがレギオンやイリスのようなすごい怪獣だったらそちらに目が行ってしまっていた事でしょう。
ジーダスの役回りは「悪」であり「障害」。今回の敵怪獣は、懸命に生きようとするものに「不条理な」破滅と死をもたらす、ただそれだけの存在であるべきなのです(もっとも、これが元来の怪獣像なのかもしれません)。

平成三部作のハードな展開やテーマを下敷きにしながら、あえてそれを否定する「愛」と「優しさ」の物語。
映画を見てこんなにさわやかに感動したのは久しぶりです。
技術力が進歩しリアルな特撮モノが増えている中、これは昭和ガメラの頃の「子供と怪獣の交流の物語」を今風にアレンジしてブラッシュアップした感じです。
これは、古くて新しい、「やさしい」怪獣映画。
何か忘れていたものを思い出させてくれる作品でした。
posted by 黒井弘騎 at 21:23 | 映画